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朋あり遠方より来る…2

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知り合った頃、彼はまだ横浜の高校生だった。
その彼(ここではマーちゃんということにしておこう)は美容師になり、以後、20年間、私の髪の面倒を見てきた。

ご存じない方のために説明すると、私は1993年まで役者であったが、戦時中のテレビドラマの時は、ハサミで上手に坊主頭に刈ってくれたし、チンピラ役の時は洒落たオールバックになるよう整えてくれたのがマーちゃんであり、先日、ブログに掲載した20年前の写真の髪型も彼の作品である。


現在のように長髪になったのは、1993年のNHKの大河ドラマ『琉球の風』で、薩摩藩主島津家久を演じた時からだ。長髪を一つにまとめ、それに髷を足して、殿様の髪型は完成した。月代はなかった。

HOTEL』というドラマにもフロント・クラークの役で出演していたが、長髪にしてからは客の役に転じた。ただし、良質の客ではない。

そのマーちゃんに久し振りにカットしてもらったのは、先週の金曜日のことである。

調度品も時代に応じて、落ち着いたものに入れ替わっていたが、青山にMANIという立派な店を構えて9年になる彼も二児の父であるという。

慣れた手つきでハサミを動かしながら、マーちゃんは嬉しいことを言った。
「白髪がないねえ!」

鹿児島のいつもの居酒屋の連中が聞いたら、喧嘩を売っているのかと騒々しいことだろう。
 
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by site-tate-tale | 2008-07-31 19:45

朋あり遠方より来る…1

東京は目黒区の宮前小学校へ入学の予定だったが、父の転勤で急きょ鹿児島市立大明丘小学校へ入ることになった私は、七五三用に買ってもらった白いブレザーを着て、その入学式に出席した。
と、言っても、自分の意志でそれを着たわけではなく、お洒落だった母の見立てである。
買ったのは銀座の松屋デパートだったのではと思う。七五三が鎌倉の鶴丘八幡だったことは写真が残っていることもあり、よく記憶している。

過日、相談事があり訪ねた、現在は鹿児島の放送局の部長として活躍している大明丘小学校の同級生が、その入学式の時のことを覚えていて、子供心ながら白いブレザーに衝撃を受けたと話してくれた。
私は「やっぱり」と、応えた。

昔のことほど、すぐ反芻出来る世代になった。

大明丘小学校のホームページに、当時の写真があります。

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by site-tate-tale | 2008-07-31 18:18

夏の鹿児島を食べる

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過日、フランス時代に世話になった友人が、フランス人の細君を連れて鹿児島へ里帰りしたが、その際、鍋料理のコンテストで日本一を受賞した、鹿児島市の繁華街に近い南洲館の黒熊鍋をつついた。
熊襲鍋と名付けられた大きな黒い鉄鍋で拵えるところに、その由来がある。

基本は鹿児島名物の黒豚のしゃぶしゃぶだが、レタスが入るところが特徴で、他の野菜もたっぷりいただける。
たっぷりダシの出たスープでのラーメンが、これまた好評で、現在はフランクフルト在住のその友人夫妻にも、いたく気に入っていただき、私も鼻が高かった。

8月に入ると、帰省する友人も増え、同窓会が目白押しだ。
毎日、美味いものが待っている鹿児島の夏である。

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by site-tate-tale | 2008-07-30 17:59

東京の蕎麦

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北海道、茨城、長野、福島、栃木、山形、福井、鹿児島、青森、秋田。
年間平均気温が全国平均より低い都道府県群に、全国で二番目に温暖な鹿児島が加わるこの並びに違和感を覚えるのは、私だけではないだろう。
実はこれ、蕎麦の収穫高の順番で、鹿児島は全国で第8位なんである。

こんなところまで顔を出すのだから、黒豚、和牛、鰻などなど、数々の日本一を誇る大食料産地鹿児島の面目躍如だと感心する。
そして、それ故、鹿児島はうどん屋より蕎麦屋の方が多い。

と、ここまで書いておきながら、自らに言いたい。
「蘊蓄は要らないんだよ」

今回の東京滞在中、普段、食べ物を褒めたことのない東京で、美味しい蕎麦をいただいたことは貴重な体験であった。
それは、六本木ヒルズ内の、六本木通りからは裏側に当たる一隅の飲食店エリアにある『竹やぶ』という店で、六本木に詳しい方にお連れいただいたからこその邂逅である。

和風の設えだが、アンティークの西洋家具が並ぶ店内は、どなたの趣味だろうか。ミスマッチながら落ち着いて食事が出来るこじんまりした空間だ。
まず、アルバイトと思しき愛想の良いお嬢さんが応対にあたられたが、奥ではおかみさんらしき方も無駄なく立ち働いておられる。

私がいただいたのは、田舎そば(1260円)である。
蕎麦の盛られた、暖かみのある意匠の木製の器が素晴らしい。
蕎麦猪口のつゆに麺を浸して一口啜る。
関東らしい醤油の塩辛さが、少し気になったが、蕎麦の味は抜群だ。
次は、つゆに触れる程度で食べてみた。
旨い!
蕎麦の旨味と歯ごたえ、喉越し、全てが合致した絶妙の味わいである。

ただし、六本木ヒルズである。満腹になるような量ではない。
蕎麦をお代わりし、そば湯をいただき落ち着いた次第である。

実に美味しかった。
天ぷらや、卵焼き、ガレットにも挑戦したいと、もう、次回の訪問を楽しみにしているほどである。

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by site-tate-tale | 2008-07-30 13:40

東京

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全てが内向的で、子供に夢を与えられない国、日本。
国土を侵略されてもヘラヘラ薄笑いを浮かべるしか能がない日本。
その首都東京に舞い戻ったのは、この月末である。

ここ5年の、パリ、ロンドン、ローマ、フランクフルト、イスタンブール、ハノイ、台北等々への歴訪、そして、郷里鹿児島での生活が、(それでも不満ではあるが)東京の都市成熟度の高さを知らしめた。

鹿児島ほど陽射しは強くないが、ボディーブローの如くじわじわと体力を奪う、しかし懐かしい暑さの東京を東奔西走し、1週間の滞在で、新旧100名ほどとお目にかかり、新たに名刺を拵えたほどである。

地下鉄副都心線にも乗車してみたが、インフラストラクチャーの整備とその技術は日進月歩、未来都市を具現化している。

そして、人も歩み続けなければならないのが東京だ。
住む街として相応しいとは言えぬが、感性を商売道具とする人間には、不可欠な情報が集中する。

自らを歩み続ける人と定義し直し、羽田を後にした。

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by site-tate-tale | 2008-07-29 22:18

過去の私

現在の私の住まいは、父が建てた古い二階建ての一軒家で、野良猫が抜け道にする猫の額ほどの庭がある。
床の間に茶道具などをあしらった和室から窓外に目をやると、見事な枝振りの松や、いぬまき、紅葉と、我が家ではなく大島紬の店を営むお隣の庭が風情ある眺めで、文字通りこれを借景としている。

なかなか整理出来ずにいるのだが、20数年の東京時代の荷物はガレージへ、パリ時代の荷物は2階へ押し込んである。
ガレージの段ボールに見つけた、昨日のブログで誌した三島由紀夫の『金閣寺』の新潮文庫版に、1989年の日付のある一枚の写真が挟み込まれていた。

どういう理由でここに紛れたのかは、今となっては謎だが、思いがけず再会した20年前の私が、昨日のブログのような、様々な記憶を蘇らせたのは確かである。

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by site-tate-tale | 2008-07-22 17:21

束の間の孤独

名古屋の老舗劇場である御園座には宿泊設備が備えられており、店屋物でも頼めば、出演者は劇場から一歩も外出せずに生活出来た。

ここで寝起きしながら、蜷川幸雄さん演出、平幹二朗さんと故太地喜和子さんのコンビが好評だった『元禄港歌』に、大部屋俳優として出演したのは二十歳の夏だ。

離婚したばかりでゴシップ誌に追いかけられていた平さんも同じ御園座内に宿泊で、私たち出演者は、マチネ(Matinée 昼公演)とソワレ(Soirée 夜公演)の幕間に、楽屋ではなく劇場の上階にある宿舎へ戻って休んだものである。

今でこそ、県人会や同窓会の幹事を引き受け、草サッカーチームまで拵えたりの私だが、当時は集団生活が苦手だった。
特に、煙草と博打と酒しか知らない他の大部屋俳優とは話しが合わず、彼等のほとんどは、日本語が話せる以外、俳優としての才能の欠片もないと、生意気な私はそう自惚れていた。

幕間に一人宿舎へ戻り、例えば三島由紀夫の『金閣寺』などに没頭し、主人公の孤独な男に同情し共感し、時を埋めれば、それで満足であった私は、休みの日も街を探索するわけでもなく、東京に残るガールフレンドに電話をかけるしかない、狭い宇宙に生きる若者だったのである。

「束の間の孤独を味わっていたのかい?」
宿舎から劇場へ降りるエレベーターで、朗々たる声でそう話しかけてきたのは、主演の平幹二朗さんである。
彼は乗り合わせた若者に、集団生活の疲労を嗅ぎ取ったに違いない。

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by site-tate-tale | 2008-07-21 08:52

薩摩の旅

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夏休みといえば、鹿児島県本土薩摩半島の南端、指宿(いぶすき)のホテル白水館への宿泊が、子供の頃の我が家の贅沢であった。

今の私より若かった父の運転する車で、鹿児島湾沿いの道を指宿に向け、住まいのあった鹿児島市から南下するのだが、海も空も途中で色が変わることに、子供ながら高揚感を覚えたものである。
それはそうだ、太平洋へ向かっていたのだから。

白水館へ到着すると、通された畳の部屋で水着に着替え、父や弟と眼前に広がる鹿児島湾で泳ぎ、沖を跳ねるトビウオに目を丸くしたものだ。
日焼けしないよう、お気に入りのオレンジ色の大きな麦わら帽子を目深に冠り、砂浜から海に遊ぶ私たちを眺めるのは母だ。お洒落な人だった。

時は流れたが、白水館とのご縁は未だに厚く、ここ数年もパリ在住時を除き、毎年足を運んでいる。過日もご案内した東京からの友人にお喜びいただいた。

さて、薩摩藩は江戸幕府とは別国として、1867年のパリ万国博覧会に、金を多用した多数の豪奢な薩摩焼を出展した。それらの美術品は当時の外貨獲得に大いに役立ち、明治維新はこれらの輸出品なくしての成功はなかったと言われている。

展示品の詳細はホームページに譲るが、かような時代の、質実剛健を旨とする薩摩武士の生活とは裏腹の、絢爛豪華な美術品が数多く収蔵されている金殿玉楼の和風建築が、今年2月に白水館内に完成した薩摩伝承館である。

夏休みのご旅行には、この見応え充分の薩摩伝承館や、話題の『篤姫』が幼少を過ごし、ドラマのロケ地でもあった今和泉、それに以前ご紹介した開聞岳の明媚な風光をお楽しみいただける、指宿をお薦めする。

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by site-tate-tale | 2008-07-20 22:08

夕凪の孤独

夕凪に雲が止まった時、まだ陽は山際を超えていなかった。
人生の全ての悲しみが蘇るが、聞こえぬと寂しい日暮らしの鳴き音は、今年は未だ聞かれない。

小奇麗な服装の、育ちの良さそうな少年が、こざっぱりしたシャツから医師と思しき父親と、ノースリーブが若々しい品のいい母親に手を引かれ、嬉しそうな顔で近所のレストランへ吸い込まれてゆく。

母の手が当たり前だった、そんな時代が私にもあった。

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by site-tate-tale | 2008-07-20 11:01

雑踏の孤独

昨夜、東京から帰省した友人を迎えたのは、いつもの居酒屋である。
野暮用で遅れた私が到着したのは、もう10時前で、カウンターを囲む同級生達は既に出来上がっており、映りの悪いテレビが喧しい中、一週間のストレスを思い思いに吐き出している最中であった。

この日の主賓は、東京で私が設けた草サッカーチームのキャプテンを務めてもらっていた、外資系商社に務める男だが、飛行機の遅れで、彼が到着したのは、それよりさらに15分後である。

「また、うしなったね(また、薄くなったね)」とか、「父ちゃんが入院しっせーよ(父が入院してね)」とか、「あいとは中学も一緒やったが(あいつとは中学も一緒だったよ)」等々、最初のうちこそ近況報告や懐かしい話しもあったが、30分もすれば、各々何度も聞いた話しを蒸し返し、いつものように聞き役不在の宴が繰り広げられる。
ガンガンに効かせたクーラーに煙草の煙が渦巻く狭い店内には、酔っぱらいの鹿児島弁が響き渡り、笑い声が乱反射した。

ところで、昨夜の私には、いつものそんな光景が、幽体離脱した魂が天井から俯瞰しているかのように見えていた。
まるで、自分で演出した舞台劇を見ているかのようだった。
そして、蘇るのは新宿駅の雑踏や、明け方の六本木で感じるような、あの孤独である。

「明朝、オペがあるので」と、言う医師になった同級生に合わせ、私も店を後にした。
深夜の花屋には胡蝶蘭が並び、風は生温い。
満月に照らされる飲食街は、週末の賑わいを見せていた。

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by site-tate-tale | 2008-07-19 22:07


♪サイト・テイト


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竪山 博之
(たてやま ひろゆき)
演 出 家

舞台演出・演技指導・朗読講座の他、芸術やフランス文化に関する講演や執筆を生業としております。

お気軽にお問い合わせ下さい。
hiroyuki_tateyama
@me.com

尚、Site Tateは、テイトなる男を主人公とする、虚実織り交ぜた物語です。

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